リカバリング アドバイザー養成講座

VOL.2 「負の記憶」を「使える道具」へ(第1期修了生 S.S)

VOL.2 「負の記憶」を「使える道具」へ(第1期修了生 S.S)


●人生をリセットしたい想い

幼少期から父の性虐待、母の心理的支配を受け、やっと家から離れた頃には対人恐怖がひどくなり、社会生活がままならなくなりました。逃げ場と休息を求めた最初の結婚はあっという間に破綻。その後も「ふつう」の家族像がイメージできず、現在のパートナーや子どもとの「自然な」関係がわからなくて悩んだことも、一度や二度ではありません。


大学院に入り、これからが自分の人生だと研究に時間も労力も費やしたこともあったのですが、いつしかそれも自分とは何の関係もないもののように感じられてきて、手放してしまいました。


心的外傷は、その生々しさが過ぎ去ってもなお、鈍痛のように私の生活を支配していました。「これまでの人生をすべてリセットできたなら…!」そんな思いが頭をよぎります。


「リカバリング・アドバイザー」を養成するという講座の開設を知ったのは、そんなときでした。ここでは、無かったことにしたい自分の体験が受講の条件になるというのです。それならば、私はこの講座を通して負の記憶を「使える道具」にしたい。それ以外に自分がよりよく生きていけそうな道は思いつきませんでした。


●講義は、公開セッション!

講義では、斎藤先生をはじめ臨床の現場で活躍する講師の方々によって、私たちがまな板の上に載せられることも度々ありました。このスリルこそ、講座の特徴かもしれません。


講師と受講生のやりとりが公開セッションさながらに展開し、質問をすればそのまま自分自身の問題としてはね返されてくるので、油断できません。私たちはそれぞれ何らかの問題の当事者として、ときに切り刻まれることを覚悟しつつ、経験を積んだ臨床家の技法を目の当たりにすることになりました。


心理療法は職人芸の世界だと聞いていましたが、私たちに求められたのも教科書の知識を身につけることではなく、「どこにも書かれていない知識」をまっさらな気持ちで吸収することでした。これまでの価値判断や中途半端な(私の場合)知識は、とりあえず無効にしなければならないわけですが、まずそれ自体が私にとって簡単なことではありませんでした。ときどき、これまで通りに自分の理解の整理箱に投げ込んで「分かった」ことにしてしまいたい気持ちがはたらいて、その領域の外に出ようとする自分と葛藤しているようでした。


いま思えば、こうした学びの方法こそ心理療法的だったのだと思います。新しいものの見方を獲得するために、不自由であっても私はいままでの習慣の外に出る必要があったのでしょう。ときには「わからなさ」のなかに浸り、「なるほど、そういうことだったのか」と腑に落ちるまで、じっくり待つよりほかないこともあって、そんな学びは今も続いています。


●受講して変わったこと

いま感じている変化のひとつは、上記のとおり“私の態度=対象への向き合い方”です。これは学ぶ態度だけでなく、人と向き合う態度、人の話を聴く態度にも通じるのではないかと思います。それを実践の場で試されるのは、これからということになりますが。


ともに学んだ仲間たちからも、直接的にも間接的にもいろいろなことを教えてもらいました。それは具体的な知識や経験であったり、自分の問題と向き合う姿であったり、振る舞いかたや態度だったり、ただ静かに座っているそのたたずまいだったりとさまざまですが、毎回の他愛のないエピソードが積み重なり、場の力になって私を支えてくれていたように思います。


講義の合間のブレイクタイムには、お茶やお菓子をつまみながら、受講生どうしで悩みをシェアしたり、情報交換をしたり。背景も経験も年齢もさまざまな私たちでしたが、世間一般の価値観のワクから自由になって、経験や思いを打ち明けられる貴重な時間でした。これまでどんな卒業も別れも淡白な気持ちでやり過ごしてきた私が、回を重ねるごとに修了の日が近づくのをさみしく感じるようになっていったのは、自分でも意外なことでした。


もうひとつ変わったことと言えば、心理療法の技法を学んでからというもの、斎藤先生の言葉を文字通りに受け取れなくなったことでしょうか。この発言は、いったいどんな効果をねらっているのだろうかと、つい考えてしまうので(笑)。


●今後の展望

第1期生ということもあって、理想のリカバリング・アドバイザー像がすでにあるわけでもないので、どんなことができるのか模索中です。


まず相談者の方に積極的な理由でリカバリング・アドバイザーを選択してもらえるようトレーニングを継続しながら経験を積んでいくことはもちろんですが、私たちの存在を知ってもらうための活動も必要になるかもしれません。勉強会やワークショップなどの機会をつくり、自分の得意な領域の専門性を高めたり、関連機関とのネットワークづくりなども考えてみたいですね。そうしたことも含めて、受講生の仲間とは、いつでも学び合える関係、環境をつくっていきたいと思っています。