リカバリング アドバイザー養成講座

VOL.3  歩いて来た道 歩いて行く道(第1期修了生 カナチェル)

VOL.3 歩いて来た道 歩いて行く道(第1期修了生 カナチェル)


●もう一度勉強がしたい

私は現在臨床心理士として働いていますが、この道を選んだのは、さかのぼって20数年前になる斎藤先生との出会いが大きなきっかけとなっています。


私の育った家庭は、父のアルコール問題をはじめとして母のうつ、兄の家庭内暴力など、様々な問題を抱えており、その中で私はずっと自分の気持ちに蓋をして生きてきました。その蓋は、大人になるにしたがって徐々に開き始め、中からどうしようもない苦しみが出てきたとき、たまたま目にした斎藤先生の本を読み、そこからが私の自分自身の人生を取り戻すための戦いの日々がはじまりましたが、その道のりは苦しく「もうこの人生を歩くことをやめてしまおうか」と思うこともありました。


それでもその後結婚し、夫や子どもたちにも支えられながら何とか生き延びてきた私は、いつしか心理臨床の道を志すようになり、子育てをしながら大学・大学院へと進みました。しかし、そこで受ける教育は私にとっては疑問を感じることが多いものでした。


特に私の通った大学院では、なぜか当事者性は強く否定されるものとして扱われており、そこでは自身の体験を生かした勉強はできませんでした。当事者としての体験を大切なものとして扱われないことへの衝撃を覚えました。また、臨床経験をほとんど持たない教官からの指導内容には納得できないことも多く、いわば不完全燃焼の気持ちのまま過ごしてきました。それゆえに、この講座との出会いは千載一遇のチャンスでした。当事者として専門職として、その力をきちんと融合させていくための勉強がようやくできると思いました。


●講座は大きなゼミ

講座は1年間ほぼ毎週、週末に行われます。日々の仕事をこなしながら、週末の講義に通い続けるのは結構きつかったです。座って聞いているだけでも疲れるのに、一日中講義する斎藤先生は疲れないのだろうかと疑問に思ったことがあります。斎藤先生は「この仕事を自分の最後の仕事にする思いでいる。リカバリングアドバイザーを育てることに残された自分の時間を使っていきたいと思っている」と話されました。その言葉通り、休憩なしで6時間7時間ノンストップの授業はざらで、斎藤先生の情熱に受講生たち皆で必死についていったという感じです。


先生の講義では、ひとつの話題からどんどん新しく展開していきます。
そのときは正直なところ「先生の話、また脱線」と思うこともありましたが、そういう雑談の中での話こそ、いま自分の肥やしとして残っていることに気が付きます。知識だけを頭に詰め込むような勉強ではダメなんだということを身に染みて感じているこの頃です。
講義はまるで大学のゼミのような雰囲気でした。このゼミの中で私たちは斎藤先生と膝と膝を突き合わせて、また、まじかで先生の「職人技」に触れながら、色んな勉強をしてきたように思います。


●これからの私とリカバリングアドバイザー

私は仕事の中で、困難を抱える子どもたちに多く出会います。しかし、その子どもたちの背景には、子どもと同じように困難を抱えその荷物を長い間持ち続け下せずにいる親が多く存在します。この親たちこそ、長い間とても苦しんできた人たちであり、子どもを助けるためにはこの親たちのケアが必要になりますが、その苦しみを真に理解し支援できる専門家が大変少ないと感じてなりません。そのための人材育成は急務であると考えますが、その人材はいったいどこにいるのかと考えたとき、それは同じような体験をしてきた人にこそ担える役目であると思うのです。「体験をしている」というのは本当にすごい武器です。知識は後から勉強して手にすることができても、体験者であることはたとえどんなに自分が望んでも手に入れることはできないからです。


しかし、先述した私の大学院での体験でもわかるように、当事者を支援者に育てる体系的な試みやトレーニングは、日本ではまだまだ遅れていると言わざるを得ません。いま考えると、私の学生時代も、指導する側が、そうした体験を持つ人を援助者として育てていくということが出来なかったのだと思います。しかし、それがいかに難しいことかは今では理解できます。


だからこそリカバリングアドバイザーの育成は、人生のほとんどの時間を臨床に身を置き、たくさんの人々の人生とお付き合いしてきた斎藤先生だからこそできる教育事業なのではないかと思います。今後は、卒業した私たちが活躍していくことがリカバリングアドバイザーの道を拓くものと自覚していますが、まずは自分にできることから誠実に取り組んでいきたいと思います。ひとつひとつの出会いと体験を大切にしながら、自分の人生を自分の足でしっかりと歩いていきます。