コラム

JUST There(そこが訊きたい)! 斉藤先生(13)

(前回よりつづく)

――  じゃあ、そういうことは決して先生が、たとえばフランスでの2年間の研修で習得したようなことではないわけですね。

斉藤先生:ああ、そんなものはぜんぜん関係ない。フランスなんて、行って小便してきただけだよね。

よく風呂屋にある富士山の絵に例えるけど、あっちの銭湯の富士山と、こっちの銭湯の富士山では、みんな微妙にちがうけど、どれもこれも富士山ていうことでは同じでしょ。フランスの精神病院もそんなものよ。だいたい2年ぐらいの滞在だと、それくらいしか見えないわけよ。

私がほんとうに知りたいことは、その町の人の体臭とか、排泄物とか、そういったものとごちゃ混ぜになったような何かであって、何か厚みを持った現実でしょ。それをつかむには、2年という時間ではちょっと足らないね。

ちょっと向こうの女と一緒になったりして、苦労して、疲弊して、やっとわかるようなことってあるじゃない。

――  ありますね(苦笑)。

斉藤先生:そういうことを知って、はじめて向こうの人が書いたものが理解できるとかいうことが、あるじゃないですか。

――  ええ、ええ。

斉藤先生:2年という時間だと、そこまで行かないんだよね。だから、これはやっぱり、向こうの書物を読んで習得するよりも、自国の言語の対話でやるしかない、という見切りがついたね。

だけど、ユダヤ系のフランス人がどんなに迫害されていたかを精神医学の言葉で語るものというか、アンリ・バリュック(Henri Baruk)が、

アンネ・フランク(Annelies Marie Frank)みたいな人が平時に生きていたら、これは被害妄想の人だが、われわれ(ユダヤ人)にとって被害妄想は生き残りの手段だった

なんてことを言ったのを聞いた時には、ものすごく面白いと思ったね。

私がフランスに2年間居て、印象に残っているのはその一言だけなんじゃないかな。



(つづく)