用語集

トラウマ

トラウマとは、心の傷。肌が切れて血が出ているような、いわゆる怪我と呼ばれる身体的外傷とちがって、外からは目に見えないけれど、心や精神に傷が生じている場合に、その傷をさしていう語です。こんにちでは心的外傷(physic trauma)と同じ意味で使っています。より専門的なことに関しては「心的外傷」の項をごらんください。

目に見えないために、当人がそれを他者へ訴えるのがむずかしいです。また訴えても、相手に否認されたときに、「いや、ちゃんとある」とトラウマの存在を証明するのもむずかしいです。
そのために、他の人からはからかわれたり、あざわらわれたりすることも多く、トラウマを負っている当事者は、こうした出来事によってさらに傷を深めることになります。

日本では、トラウマという語は1980年代ごろまではほとんど一般に使われていませんでした。ここ20年くらいでかなり知られるようになってきましたが、語そのものが普及しても、トラウマに関する正しい知識はまだそれほど普及していないのが実状です。これから社会に正しい理解を求めていくのが必要である一方では、そうした理解を得るためにも、トラウマを負った人々の生き方が社会に問われているとも言えるでしょう。

トラウマに関する研究は、19世紀までにもフロイトジャネほか、何人もの学者によって行われてきたのですが、20世紀前半に一時的におこなわれなくなり、20世紀後半になって、インドシナ戦争やベトナム戦争から帰ってきた兵隊が戦場で負ったショックが注目されることで、ふたたび研究の対象に挙げられるようになってきました。

そのうちに、戦場のような特殊な環境だけに起こるものではなく、ごくふつうの市民生活の中でも、家族という密室を隠れ蓑にして、子どもたちが長期にわたり、親をはじめとした大人たちから受けるさまざまな形の児童虐待や性暴力がトラウマとなることがわかってきました。

戦争や災害など一回的なトラウマと違って、これら長期にわたってジワジワと刻みこまれたトラウマを、ジュディス・ハーマンは複雑性トラウマ(complex trauma)、ヴァン・デル・コルクは複合型トラウマ(combined-type trauma)と呼んで区別するようになってきました。
トラウマ(trauma)は、もともと古代ギリシャ語で「傷」を意味する「τρᾶυμα 」から来ています。19世紀以前にも「心の傷」という意味で使われることがありましたが、フロイトが用いたことにより一挙に広まりました。
フロイトが精神分析を、あくまでも「科学」として創始しようとしたことと関係していますが、トラウマという言葉の起源が医学的な、もっと言えば外科的な考え方に根差していることは注目に値するでしょう。
つまり、傷があるから痛みがあるのであり、逆に痛み(症状)があるからにはその原因である傷(トラウマ)があるにちがいない、という科学的・合理的な考え方です。

これは、PTSDを訴える人を、安易に「仮病」だの「詐病」だのと退けないためにも大切な、いわばトラウマ学の基本と言ってもよいでしょう。