用語集

パノプティコン

パノプティコン(英 panopticon ; 仏 panoptique)とは、18世紀の建築家が考えついた、人々を監視するためにもっとも理想的な建物のことです。監視や支配について考えるために、あるいは、よりよい精神医療のかたちを模索するために、多くの思想家に示唆をあたえました。

もともとはイギリス功利主義の哲学者ジェレミー・ベンサムが、社会の幸福を最大限に高めるためには、犯罪者など監視の必要な人々をつねに最小限の労力で監視していられる建物を作ればよいと考え、弟の助けを借りて1791年に考案したものです。

それは、中庭のある円形の建物で、各室の仕切りには窓がなく、住人はお互いに接触できないようになっています。中には建物と同じ高さの監視塔が立っていて、各階の住人の動きは、塔の中で同じ高さにいる監視人によって見張られています。光の加減で、住人からは監視人が見えませんが、監視人から住人はよく見える構造になっています。

これは、近代の出発点でもある「効率」に基礎を置いた「理想的建築」とされ、やがて多くの刑務所や精神病院などで採用されました。

権力と知のあり方について考えたフランスの哲学者ミシェル・フーコーは1975年、ヨーロッパにおける刑罰の歴史を論じた『監獄の誕生』の中で、パノプティコンに住む住人たちは常に監視されていることを強く意識するために規律化され、監視されていることを織り込み済みの従順な人間になっていくことを指摘しました。

それを受けて日本の精神科医齊藤學(さいとう・さとる)は、現代の先進国の市民たちは、もはや暴力で抑圧されることは少なくなってきたかわりに徹底的な評価で管理され、序列化されるようになったことを指摘し、この評価は、それぞれの人の心のなかに取り込まれ、内面化されて、必要以上に厳しい自己評価となっていると述べました。
自分を客体化して、周囲に過剰適応し、他者や社会にとっての「品質の良い製品」になろうと必死になるあまり、摂食障害やひきこもりなど、こんにちの精神疾患が生じていることを明らかにし、A・W・シェフ著『嗜癖する社会』の監訳者まえがきに1993年、こう書いています。

「今やパノプティコンは私たちの心の中に建っている。(……中略……)心の中のパノプティコンを壊す有効な手段は、自助グループへの参加である。」